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どうしても行って見たかった場所へ

日曜日でも営業している我が家ですが

たいてい予約制で仕事をしているので

予約次第によっては休日みたいにもなります。



今年も、お正月元旦も休まず仕事がありました。

噴火男の夫の

唯一、褒めてあげられるのは

仕事があれば、嫌がらずに働いてくれる、という事です。

それには、本心で感謝しています。



今日は

一月に入って3度目の日曜日

珍しく午前中だけで仕事は終わりました。



そしたら

夫が突然言い出しました。

「久しぶりに、は○○の所へいってみるか・・・」 と。

は○○とは、私の弟の名前です。



最近、弟が突然仕事を辞めたいと言っているという事をブログに書いたばかりでしたが

その後

弟は本当に会社を辞めました。

有給休暇を消化してからになるので

事実上は、今月いっぱいはまだ在籍していることにはなっていますが

その後は正真正銘、失業となります。



そんな話題を、夫も聞いているので

興味本位なのか、多少は気にかけてくれているのか

その辺は定かではありませんが

おそらく、その事があって急に、は○○の所へ行ってみようと

言い出したんだと思います。



私も、弟の事はとても気がかりだったので

夫の提案を素直に受けて、出かけてみる事にしました。



不仲な夫婦ですから

車で一緒に出掛けるなんて殆ど無いのですが

今日は、一時間弱のドライブとなりました。




弟の住む実家がもうすぐ目の前という辺りまで差し掛かりました。

実家の反対側にある山道の途中に

父母が元気だった頃、作付けしていた畑があるんです。


その畑を、私はもう17年近く行って見たことがなくて

とても気がかりな場所になっていました。


幼かった頃から

母に連れられて、一日中その畑で遊んでいたこと

小学生の頃からは

草むしりの手伝いもしました。


この畑には「のびる」が生えていて

夕方、家に帰る頃には、「のびる」を掘って持ち帰りました。


母がお味噌汁に入れたり、酢味噌で和えたりしてくれました。



畑には歴史があり

蕎麦が植えられていた時期もあったし

菜の花が咲き乱れている時もありました。

苺、メロン、スイカ、 とうもろこし、、、、野菜類

色んな物を作付していたことを思い出します。

母とその畑で過ごした思い出はページも重なります。


いつか、あの記憶の畑に行ってみたい。。。

そう思いながら17年も足を運ぶことがありませんでした。



今日、実家に向かう車の中で

その事を、話したら

どうしたことか、夫が「寄って行ってみるか?・・」と言い出したのです。

「え!? 寄ってみてくれるの?」と言うと

すぐさま、ハンドルを切って山道の方へ曲がりました。


私は、急いでバックからスマホを取り出して

もう何年も行くことの無かった山道を写真に写しました。

懐かしい時間が巻き戻っていく瞬間でした。



今までに、1人でも行こうと思えば行けない事も無かったのですが

なんと言えばいいかなぁ・・・

父母が亡くなり

思い出が埋もれたあの山の畑が

もしや、もう面影も無い程に荒れ果てているんだろう・・・

そんな様子を目にするのが怖い・・そんな思いがあったからです。


山道を登る途中に、その畑はありますが

最初、もうどの辺りだっけ? というくらい記憶が薄れていました。


そしたら、

錆びついた農機具が畑の入り口におかれて朽ちかけているのが目に入り

私より、夫の方がその農機具に見覚えがあって

「ああ!、ここだ!ここだ!」 と言いました。

「ええ! そうだっけ?」 と、私は言いながら

そうだそうだ・・ここだここだ・・・。と

父母と一緒にここへ来た頃を探り出すような思いで、辺りを見回しました。



胸の奥がどんどん掘り下げられていくように

あれやこれや、思い出が噴き出してきました。



畑は思ったよりは荒れてはいず

ただ真ん中に、松の木が一本生えているのが大きな変化でした。

あれは、弟が植えたんだろうか・・・・

それは弟に聞き忘れてきてしまいましたが、後で訊いてみようと思います。

一通り、辺りを見回し、写真も何枚か撮りました。



寒さも手伝って

私たちは、何かに急かされるような気分で車に戻りました。

とても、複雑な思いながらも

来てみたくても来ることが出来ずにいた

父母の畑



今日は、不思議な体験を味わいました。

父母のいた頃の時代にタイムスリップして

出かけて行ってきたような

懐かしい旅をしたような・・・・・。


そう、不思議な時間が組み込まれた一日となりました。





ご訪問下さいましてありがとうございます。







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大事な日を忘れていたなんて

雪が積もって、雪かきに汗を流した昨日、おととい

つい先日まで穏やかな日だったのに

いきなり、冬がやって来ました。

冬の朝は起きるのが辛いです。

朝一番の身支度に洗面所を使う時が辛いです。

それでも、私はやっぱり暑いよりは寒さの方が好きです。


ーーーーーーーーーーーーーー🌼


日曜日の今日、

夫は曜日関係なく仕事先へ行き

私は、年末の大掃除・・と胸を張っては言えないですが

一応普段手抜きだらけのガスレンジ周りの掃除をしました。

換気扇フードのフィルターを交換したり

ガス台の前の油汚れの付いた窓ふきをしたり

いつもより念入りな掃除をしました。


ーーーーーーーーーーーーーーー🌼


ガスレンジ周りの掃除を終えてほっと一息ついたあと

ふと、実家で独り暮らしの弟のことが頭に浮かびました。

度々、このブログで触れてきた弟です。

日曜日にしか家にいないので、今日は電話しました。


弟は耳が聞こえなくなって

今は補聴器を付けています。

それでも、電話の会話がままなりません。

私は大声を張り上げて話します。

そんな弟が言いました。

「今から、墓参りに行くところだった。」と。

(墓参り・・・・・?) 私はきょとんとしました。

? なんの日だっけ? 何かあったかしら・・・?

ああっ!! そうだった!! 今日は母の命日だった!!!

私ったら、なんてこと

母が亡くなってから今まで、一度も命日をうっかり忘れたことなんて無かったのに・・・。

台所の横に父母の写真を飾って、いつもお水をあげたり、お花を絶やさないようにしたり

お線香をあげたり・・

絶えずそうやって父母を忘れず暮らしているのに・・・

命日をうっかり忘れたなんて・・どうかしてます。


慌てて弟にお墓参りをよろしくと頼みました。

車で片道一時間、雪道ですぐには行けません。

弟が覚えてくれてて本当に良かった・・・。

母にごめんね。と詫びました。


ーーーーーーーーーーーーーーーー🌼



食事のとき

あらっ!?と、口の中で違和感がありました。

舌先にコロンと触る物あり

ん~~? 

あらまぁ・・ 歯の詰め物が取れてしまったのです! 


うわぁ~、 この年末の忙しい時に歯医者通いなんて・・嫌だなぁ

忙しいだけじゃなく、歯医者さんへ行くのだけは嫌です・・怖いから。



母の命日をうっかり忘れてしまった罰かなぁ・・・・。

明日には歯医者の予約電話しなくちゃ・・・。( ;∀;)




予定外の事が起こるのが何故か毎年この時期です。

どうか、もう何事も起こりませんように。





たまにお訪ねさせて頂く方のブログに、終わりにしようかな。と書かれておられました。

どうか、終わらせないで欲しいです。

私もたまに、ブログもう止めようかな・・と思う事がありますけれど、そんな私が勝手なんですけれど

その方にブログをどうか続けて欲しいです。ご病気の事も書いて下さったら私の励みになります。




急に寒くなったり、気温が安定しませんね。皆様体調管理お気を付け下さい。



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夫婦と言う名の同居人

ブログが少し空白になってしまいました。


前回書いてから、それはそれは色んな出来事があったのですが

それをブログに書こうという気持ちが起きませんでした。

最近体調が優れなかったのが、その理由です。




以前書きました、夫が機械で誤って

指を切り落としてしまったという事故ですが

今でも、治療に通っていて

治療の時は傷をいじられるので、その時は凄く痛いそうです。

今日も余りに痛くて

「もうちょっと気を遣ってやってくれ・・」みたいなことを

医者に訴えたそうです。

医者には自分の痛みじゃないんだものね・・・・

私はそう思いました。



夫は、分かりやすく言うと、まるでターミネーターみたいな人なんです。

私たち家族の間では、そう呼んでいます。

昔、むかし・・自分の虫歯を工場にある工具を使って

自分で ぐいんっと、引っこ抜いた事がありました。

あれには驚きました。

その他、多少のケガなんかには、その場でマスキングテープを巻いて

凌ぐんです。

消毒ぐらいすれば・・・・そういうけれどお構いなし



若い頃、自衛隊にいた夫は野営にも慣れているし

ちょっとやそっとの事では痛みすら平気な人?

だから

家族に、ターミネーターみたいだ。なんて言われてるんです。




数年前の事でしたが

私は庭に50本を越える薔薇を植えていました。



アーチ型に這わせる薔薇は根っ子も太くなって

大きくなればなるほどに

薔薇特有の棘も大きいんです。触ったらとっても痛いです。

その薔薇の木の下で、しゃがみ込んで草取りをしていて

ふっと、立ち上がった時

丁度、頭の上に薔薇の枝が伸びていて

私の頭は立ち上がった瞬間に、その太い薔薇の棘にグサッと刺さりました。

棘が大きく太かったせいで、頭から血が流れました。

まるで、映画かなにかのシーンみたいに

たら~り、たら~り 

 頬のあたりまで赤く筋になって流れました。

私は、まずその棘を抜いて欲しくて

近くで仕事していた夫の所へ行って、棘を抜いて頂戴と頼みました。

その時、夫はこんなようなことを言いました。

「それくらい、自分でやれ・・・」

言葉は正確ではなかったかもだけれど、

とにかくそんなような薄情な言葉をくれたのです。

私の頭から血が流れているのを

その横で見ていた、夫の友人が驚いて

どれどれ・・・・・と言って 私の頭から棘を取り除いてくれました。


その様子を見て、夫の友人はどう思ったかなぁ・・・・・。


そんな光景を見ている夫の友人は

時には私の理解者になってくれます。



今、この歳になって指を落とすという大怪我をした夫

シャワーとか、体を洗いたい時に不自由だろうと思って

洗ってあげるよ。と言っても自分で出来るからいらない。

と言います。


よく言えば、人に甘えない

でも、その代り、人の甘えも受け付けない。



私はそういう考えの夫と30数年も一緒に暮らしてきたのです

同じ屋根の下に暮らしながら、助け合うとか、支え合うとか

そういう、綺麗な言葉。

我が家には存在しないのか・・・・




なんて変なの・・・

夫婦と言う名の同居人



怪我を負っても泣き言を言わずに仕事している夫に対し

甘えなんて通用しない・・。




60過ぎの夫婦

もう少し、ゆる~く 暮らせたらどんなに幸せだろう・・・・








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もしも、一つだけ願いが叶うなら

数か月ぶりに、叔母に会いに行って来ました。

母の妹です。

母と叔母は年の差は結構、離れているのに

顔がそっくりでした。

子供だった頃

どっちがどっちというくらい顔がよく似ていました。



母が亡くなってもう17年になりますが

叔母に会いに行くと

そこには、母もいるような気がします。


もしも

一つだけ願いを叶えてくれる神様がいたとしたなら

私は、母に会いたいです。

とにかく母に会って、沢山のお礼を言いたいです。

17年も経つのに、母を亡くした喪失感は未だに胸をえぐります。




母が、もう二度と家に帰ることのなかった

その入院の日の朝

玄関の上がり框にぺたんと座り混んで

暫く動かずにいた様子が頭から離れません。


この家に、母はもう帰れないんだと、私たち家族は知っていました。

母はそう思っていたかどうか・・・

帰れないんだと悟りながら、玄関に座り混んでいたのなら

私には、何かかけてあげる言葉があったような気がするんですが

これからゆっくりと始まる命の終わりを知りながら

そんな場面で、いったい何を言えば良かったのかな・・・



あの時、「今まで有難う」なんて言うべきでもなかったよね・・・


だから、

願いが叶うなら

私は母に会って

「いろいろ本当にありがとう!」と、伝えたいです。



叔母に会ってきた日は

いつも、こうやって母の事を思わずにいられません。







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眠れない夜と父の思い出。

雪景色の中に、置いてけぼりにされたみたいな顔をして

庭のうさぎが、こちらを向いています。


うさぎの影が、西日に照らされて東の方に影を延ばし

まるで、マントを引きずっているみたいに見えます。


雪の中のうさぎ


北国に、春はまだ、もうちょっと遠いのかな・・・・。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー🌼


昨夜は眠れない、眠れな~い夜でした。

タブレットを枕もとに持ってきてα波の音楽を流してみたり、

必ず眠くなる、という音楽を流してみたり・・・・

音楽が終わると、また別なのを流してみたり・・・

だけれど、効果は一向になくて、私の脳みそは冴えていくばかり。

「あ~あぁ・・・・・今夜も私の脳みそは眠りを欲していないわけなの?」

ここまでくると、脳と体は別物って感じがしてきてしまいます。

が脳に向かって言います「こっちは疲れてるんだから、早く寝ろよ!」

「なに言ってんのよ、私はまだまだ、この綺麗な音楽を聴いていたいのよ!」

みたいにね。


眠ることを諦めて、音楽も止めて

その先は何度も何度も寝返りを繰り返し

体をまん丸に、うずくまるようにしながら

そうしているうちに

昔の父の事が頭に浮かんできました。




生まれ育ったところは、ここより更に田舎でした。(昭和31年生まれという、時代背景もありますが)

そんな田舎暮らしでも

私の父はお洒落でした。 服装とかだけではなくて

何気なく、暮らしの楽しみ方を見つけ出してくる人でした。


一番印象にあるのが

当時

あの田舎で珈琲って、大概、インスタントコーヒーでした。

そんな時代に

父は、サイフォンと、コーヒー豆を挽くミルを街で買ってきて

家族に、本格的な珈琲を煎れる所を見せ、楽しませ、飲ませてくれました。


父の買ったサイフォンはまだ実家の食器棚に仕舞われていますが

珈琲ミルは、私が貰ってきて使っています。

最近は殆ど、インスタントコーヒーですが、

買い物に出かけて、ちょっと気分のいい時は、コーヒー豆を買う時もあります。

ふと、父を思い出す瞬間です。



父がサイフォンで珈琲を煎れている姿を思い出しているうち

いつしか、私は眠りの中にいました。

やはり、気持ちを落ち着かせてくれるのは、育ててくれた親の姿なのかな・・・・・

その両親は、もうとっくにこの世にいないけれど・・



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー🌼



私は、コメント欄を閉じていて、

お手てパチパチの拍手ボタンからしかコメントを頂けないようになっているのですが

それはひとえに、私がパソコン環境にあまり慣れていなくて、このブログさえ、どうやってここまで発信できているのか

未だに不思議でしかないくらいです。  

それなもので、

ただ書きなぐっている状態ですから、コメント欄を開くのは私にはハードルが高いって気がしているのですね。


でも、反応がまるで感じられないのもちょっと寂しいかな・・・そこに、このお手ての拍手ボタン。

なんて素敵な機能でしょう!

おかげさまで、私はあったかい気持ちになれてます。お声が届くから。


お名前を、このような呼び方するのは、どう思われるか心配ですが、

み○○さんのコメント、夕べの眠れなかった睡眠を補うほどに癒されました。

胸の中に、優しい心を仕舞っていらっしゃる方ですね。 500文字以内、きちんと届いています。

ありがとうございます。

そして

あみ○○さん、私もガラケーしか使った事ありません。(スマホは経済的な理由で持てなくて)

タブレットでなんとか遠くに住む娘とラインができる程度なんですよ。

あみ○○さんのコメントちゃんと、届いています。 届いたかな・・・のお気持ちが何とも言えず嬉しかったです。


コメントで

私の体調のこと、ご心配下さって、 夫には、私はどんなでも仕事するものだと思っている人に飼われている動物?

みたいなものですからね。この私(笑)。


それなもので、こうして自分の体調を心配していただけるなんて、 拍手ボタンのおかげ? 皆さんと繋がれたのはね・・・。


未だに声がまともに出なくて、人とも会わず、会話もせず、

ストレスがたまり、 孤独になる一方。

コメント、本当に感謝です。ありがとうございました



長くなってしまいました。 最後までお読み頂いて有難うございます。




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思い出は「香り」にもある

今日は、クリニックに行き

いつもの薬を処方していただき

帰り道もう少し先まで足を延ばし、ドラックストアでお買い物して帰りました。


クリニックまでの往復に加え、ドラックストアまで距離を延ばしたので

時間にしたら一時間半くらい歩いたかな・・・・。

しかし

歩く気持ちの良さで疲れは払拭されました。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ドラックストアで

今日は広告に乗っていたインスタントコーヒーを買うのが目的でした。

目的のコーヒーの置いてある通路までに

色んなものが手招きしますけれど

ぐいぐいっと首を戻して通り過ぎていたのですが


ふと

懐かしいパッケージが目に入ってしまいました。

これから空気が乾燥し始めると百均のクリームだけだと物足りなかったりするので

ベットに入る直前に、再びクリームを顔に伸ばします。二度塗りです。

(そうそう、かく言うこの私は、百均の化粧水とクリーム愛用してます。節約生活の極みですww)


これが私流のやり方なのですが



買うつもりでは無かったですが、手に取ってしまいました。

むか~し昔

亡き母が使っていたクリーム。 マダムジュジュ

お値段もかなりお手頃価格で、母はいつもこれを使っていました。

昔はお化粧品のメーカーも今ほど多くもなかったですし

たまたま、お店においてある物で買えそうな物を愛用していただけだったと思うのですが

このクリームの香りが今でも母を思い出させます。

今日見た店内の棚には、昔からお馴染みの紫色のパッケージと

そのお隣にピンク色のパッケージも見えました。


母を思い出す紫色の方を買ってみようかと思ったのですが

リアル、母亡きあと17年経ても

未だ癒えていない

母のいない寂しさを毎日思い出すのはちょっと辛いかも・・・・・・。



そこで購入したのがピンク色のパッケージの方です。香りはエンジェルブーケの香りだそうです。


ちなみに、商品はこちら 税込み699円
マダムジュジュ クリーム




一時期(かなり昔)

無添加無香料というのに惹かれて、お値段もそこそこ高い物を使っていたこともありましたが


更年期以降、時々悩まされる不眠体質?

この対策として、アロマの香りや、お香を焚いてみたり、だいぶ前にコメントで頂いたアドバイスも心に残っていて

以来、私の中で、「香り」は重要なものになりました。

夜ベットに入る前に手に塗るハンドクリームも

以前、娘から貰った試供品のロクシタンのクリームがありまして

これも香りがとても強くて、昔の私なら敬遠したかもしれなかったのですが

不思議なことに、今はむしろその香りの力を借りて一日をシャッフルできます。

こうして

不眠症対策には「香り」が必須アイテムとなりつつあります。


それなもので

このマダムジュジュのモイスチャークリーム

どうにか私にも買えるお値段だし

布団に入る前に念押しで顔に付けるクリーム

さっそく今夜から使ってみることにします。





これからの季節は乾燥対策ですね。喉の為にもです。


本日もお越しくださいまして本当に有難うございました。






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母を思う日

母の命日がやってきて

片道1時間弱走って、実家のお墓まで。


母は平成13年に亡くなったので15年も年月が過ぎたっていうことに・・。



全くそんな気がしません。

母は、昨日亡くなったかのように究極の淋しさを私に置いていきました。


亡くなるまで、ただの一度も我儘を言わず

女性にしてはほんとに珍しいくらい寡黙で静かな人でした。

そんなくらいの母だったから

失ってからの淋しさは、書くにも書けず、今日に至っています。

我儘で、手こずらせてくれる人の方が気が楽だったように思います。



あんなに、いろんなこと、我慢して逝ってしまった母を

亡くなって15年も経つだなんて

そんな風に思えない苦しさから解放されることがありません。



いったい、母はどこでどうしているんだろうか・・・・。


落ち葉のカサカサという音だけが微かに聞こえました。

まるで

母が静かに話してくれているようでした。






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噴火男(夫)が沈静化してきたような気がします。

あと数か月で60歳を迎える私ですが

結婚して36年とかになるのかな・・・・もう細かい事は計算できてません


その36年間の間に別居生活が3年近くありました。

あの時別れられていたなら

随分違った人生になっていたと思うのですが

その結末がいい方向に向いていたのか、尚悲惨な人生になっていたか

それはもう、神のみぞ知る。です




私の右肩か左肩に死んだ祖母とか、の守護霊でも付いていてくれたと信じるしかありません。

守護霊なんて、そんなものはいなかったとしても

誰かが守って、自分の人生の水先案内をしていてくれるのだ・・・

そう信じること事態が、自らを奮い立たせ、生きる支柱となっていた気がします。



モラ夫、のパワハラ威力が全開に達したと思われる頃は

丁度、私が父母の介護に翻弄された数年間をピークとし

つい最近まで続いています。

怒りのスイッチは、いつONになるのか全く予想がつかないので

常に、おっかなびっくり 顔色をうかがいながら、というのが当たり前の生活でした。



ところが

噴火男、そう言えば最近なにやら沈静化してきている?

だいぶ、激高する頻度が減ってきている気がします。

大病はしましたが、体の具合は落ち着いてきていますし

体調が悪い、という感じはありません。



歳のせい?

私自身も、胸に手をあてて深く、ふか~く考えてみています。

夫が噴火しないように

沸点に到達する直前に射し水をする・・・

射し水とは、夫にではなく

逆に私自身にです。


それ以上刺激を与えないようになりをひそめるようにします。

自らのを封じ込める、 

私はここには居ないムードを醸す。



こんな技を編み出しながら暮らしてきた36年?



何が一番、私を苦しめたかと言いますと

夫の噴火スイッチが入ってしまうと、私の作った食事に手を付けようとせず、無視し続けます。

手料理のボイコットでした。


性格が粘着質な人なので、その状態が2週間くらい続くのです。

食べてもらえなくても食事を整えて出す。捨てる。作って出す。捨てる。

この繰り返しを延々2週間近くです。(もっと長く続くこともありました)

その間は完全無視されます。何を話しても、鬼のような形相しか見せません。

私の心は、ほとほと疲労困憊しました。弱りました。



友達と約束をしている朝、

夫の噴火スイッチが入ってしまうと、出かけることが難しくなります。

出かければ、「俺が働いているのに、お前は遊びにいくのか!」

なんて言われるし、

それを無視して出かけたって、友達と心から楽しく過ごすことなんて出来ませんしね。

何年も何年もこんな感じだったなぁ~・・・・・。



「夫婦に歴史あり」なんて、よくきく言葉ですが

生まれる前から、赤い糸で結ばれていたような、仲睦まじいご夫婦も沢山いらしゃると思いますが

うちのような夫婦も他にもいらっしゃるのだろう、とも思います。


「歳をとると、人は丸くなる」なんて

みなが皆そうだとは決して思いません。

我が夫だって然り、沈静化したからって完全に封鎖されたわけではないですし。


でも、

夫だけじゃなく

歳をとったら丸い人間になって

他人に対して柔らかい触り心地のいい人間になりたいものです。

それは、私自身も勿論です・・・・・・・・。




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父と母の席

地元の総合病院

4階の母の横たわる窓を見上げながら

「明日もまた来るね」

そう話しかけて家路をまた走る。

そんな毎日が何か月も続きました。


母が亡くなってから14年も経ったなんて

未だに癒えない自分がここにいます。

母の事はいつまで経っても書くに書けずにいました。




どんどん、痛み止めの量を増やし

呼吸困難のような状態に陥って

吸うと吐くの間隔が長く長くなって

そして、やがて音も無くなり呼吸は止まりました。



ある日、母が

暑いから窓を開けて欲しいと言い

私は

「ほら、窓開けたよ・・・・」と言うと

「ああ~、いい風・・・」と目を開けずに母は言いました。

4階の病院の窓は複層ガラスで開けられる窓ではありませんでした。

窓、開けたよ。と開けたふりをしただけです。

「窓を開けたよ。」と言う私の言葉を信じて母は涼しい風を感じてくれました。


       *
       *


母が息を引き取る時、固く手を握りました。

       *


担当医が死亡確認を終えてから

霊安室に運ばれ、葬儀屋さんが到着して

母は家族の手から遠のくように死出の旅支度・・・・・・・・。



やり切れなくて

何年も胸に穴が空いたままでした。



お仏壇は実家で一人暮らしの弟が見てくれています。

私は父母の遺影を携帯で撮ってきて写真立てに飾りました。


二人の並んだ写真の居場所は

私がいつも台所仕事をするキッチンの横の棚の上です。

祭壇はないけれど

四角いお盆の上に

小さなロウソク立てとお線香立て、それとお花立てを備えて


そこが父母の席です。




ご高齢の親御さんを気にかけながら日々を暮らす

私世代の人は多くいらっしゃることと思います。

介護に疲れ果てて自分を見失うこともあるかもしれません。




私の母は舌癌でした。

その苦しみを私は1%セントすら請け負ってあげることが出来ませんでした。

その自戒の念に未だに苛まれますが



母が亡くなって5年ほど経った時、夢を見ました。

母と私は山道を走るバスに乗っていました。

乗客は母と私だけで

山の果樹園のあるあたりまで来るとバスは止まり

母は「もうここでいいから。」と言いました

私は、もっと何か言いたかったのに

ゆっくりと頷きました。




その先は母一人で行きました。



その夢のあと

私はようやく

「母は逝ってしまったのだな・・・・」と思ったのです。




母が逝った12月も慌ただしく過ぎ去ろうとしています。





本日もご訪問ありがとうございました。


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白く眩しい墓地を歩く

昨年となった12月

母の命日でした。


様々な出来事に右往左往しているうち

お墓参りを気にかけたまま

年末には体を壊し、数日寝込んでしまって

母の命日にお墓参りが出来なかったことが心残りのまま

お正月を迎えてしまいました。



今日は

その悲願?を解消することが出来ました。



弟が、独り暮らす実家に車で走りました。

今日は

昨日に比較して心なしか暖かく

暖かいと気持ちも晴れやかになります。



墓地は

薄っすらと積もった神聖な白さの中で

静かにお正月を迎えていました。



所々、お墓参りに訪れた人の足跡が

墓地の寂しさを紛らわしてくれます。




弟が

お墓の雪を払い

すぐに寒さで、かじかんでしまうのだろうけれど

お花を供えて

ほんの一時でもいいから

花の好きだった父母に

私たちの今が、

明るいものだと伝わりますように・・・・・。

安心してね。と伝わりますように・・・・・。

お線香の香りは

私たちとあの世の父母を繋ぐ香しさであるように・・・・。

長く長く手を合わせて


白い雪の墓地を踏みしめながら後にしました。

私は、やっと ほっとしました。



普段

仕事で休みがほとんどない弟は

家の中が汚部屋なのに

今日だけは少し片付いていました。

お仏壇には

花も飾られていて

弟も

それなりに父母を供養してくれているのだなと感じました。

先行き不安は満載でも

今できる事を、

やっていくのみだと思いを強くしました。




冷え込み始めた午後の冬道を

ゆっくり走りながら家路に着きました。




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花みっ子

Author:花みっ子
62歳を目前にバセドウ病になりました。
時々噴火する独裁人間の夫と共に38年。夫の大病を機に経営していた会社を解散し、夫婦二人だけの自営業に転身しました。家のローンはあと3年。まだまだ働き続けなくては・・・。老後の明かりを求めて節約生活です。不仲な自営業夫婦の憂いある日々に、庭に咲く薔薇や草花に心の癒しを求め。家族の事、庭の事、日々の思いを綴っていきます。
時々覗いてみて頂けたら嬉しいです。

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